2015年秋、同人界に多大なる貢献を果たした一人の男が、この世を去った。
創作系同人誌即売会「そうさく畑」の代表を務める武田圭史氏
武田氏の急逝は、生前いろいろとお世話になっていた自分としても、ショックは非常に大きかった。

武田氏は、1980年代に「そうさく畑」を立ち上げ。
また、同人誌印刷会社「みにこみ館」に勤務しつつ、同社が中心となって立ち上げた当時関西では最大規模の同人誌即売会「コミックストリート」の事務局長としても活躍。
関西の同人界に多大な貢献を果たした「巨星」である。

阪神・淡路大震災の影響などで「みにこみ館」は倒産。「コミックストリート」も終了したが、その後は「コミックシティ」でおなじみ赤ブーブー通信社に移籍。以後は赤ブーの「顔」的存在として同人界に貢献し続けてきた。
21世紀に入ってからは、関西で男性向けオールジャンル同人誌即売会「こみっく☆トレジャー」も立ち上げつつ軌道に乗せた。
氏の同人界における活躍と貢献は、非常に大きいものがあったと思う。

武田氏は、赤ブー勤務の傍ら、「そうさく畑」の代表も並行して務めた。
一時期、主催事務を勤務先の赤ブーに委譲。赤ブー主催として「そうさく畑」を開いたこともあったが、代表はほぼ一貫して武田氏が務めた。
武田氏の赤ブー退社後は、「そうさく畑」の権限も(赤ブーの厚意で)武田氏に返還された。そして郷里の兵庫で新たな生活を営みつつ、「そうさく畑」の復活開催を模索していた…その矢先の急逝であった。
だが、武田氏なき2016年のこの世において、「そうさく畑」は再び始動した。
武田氏の盟友諸氏が「そうさく畑」共同代表に就任。武田氏追悼の思いも込め、最後の「そうさく畑」となる「そうさく畑FINAL」の開催が決定したのだ。
また、これに先立ち、故人を偲ぶ追悼本「私の中の武田圭史」も夏コミで頒布した。
(なお、私も武田氏との出会いにまつわるエピソードを寄稿させていただいた)

追悼イベント、そして最後の「そうさく畑」ということで、サークルも大勢参集した。久々に参加するサークルもあれば、はじめての参加となるサークルあり。
東京コミティアの翌々週・名古屋コミティアの翌週、と決して恵まれた日程とは言えぬ中、513サークル(600sp相当)と健闘。ここ数年の最盛期に近いサークル数が集った。
ただその代わり、長年「畑」の会場として利用し続けていた神戸・サンボーホールはキャパシティ的に厳しかったようで、より広い箱となる「神戸国際展示場」にせざるを得なかったようだが、これは「畑」の規模を考えると仕方ないか。

DSC_0625

初動はおおよそ300人ぐらいだろうか。過去参加した時の「畑」と同程度か、それよりも少し多いぐらいだと思う。
ただ、サークルが500集まり、会場も広めということもあり、会場内は特に混雑もなく、まったりとした雰囲気。
参加者を見ると、普段の「畑」に比べると、少し遠征者が多いかもしれない。関西以外から訪れる方も、それなりに多く見られた。

12時30分を越えたあたりで、本部からアナウンスが。
武田氏のご母堂がお見えになり、挨拶するのでお時間をいただきたいとのことであった。
脳出血で倒れ、入院。そして帰らぬ人となるまでの状況が語られる。子を先になくされた親としてのお立場からの、深い悲しみが綴られる。
これまでガヤガヤとしていた館内も、静寂に包まれる。参加者全員が、武田氏御母堂のお話に耳を傾けていた。貰い泣き、すすり泣きの声も聞こえた。
秋の紅葉と武田氏の急逝を掛け合わせた、ご母堂自作の短歌が披露され、挨拶の結びに。
改めて、早すぎる死、同人界の巨星を失った悲しみを思う。


今回の「畑」は、武田氏を偲ぶ同人誌即売会なだけに、「そうさく畑」らしさを可能な限り再現しようと試みていた。

恒例企画だった、合同の「打ち上げ宴会」は、開場30分後の11時30分には満了に。
同じく恒例の見本誌閲覧コーナー「図書館コーナー」も健在。スペースの配置も、「町会」を模して「●丁目●番地」としている。「丁」(ブロック)単位で見本誌設置のテーブルを用意している。
恒例の、サークル向け煎餅配布も登場。頃合いを見計らってスタッフが配りに来てくれた。
スタッフの多くも、定番の「エプロン姿」で参加者をお迎えした。
ただ、「ご町内の皆様…」ではじまる参加者向けのアナウンス。これは武田氏がこれまで受け持ってきたが、武田氏不在である以上別の方が代役を務めた。

武田氏不在の「そうさく畑」ではあるが、主催・スタッフ共、過去の「そうさく畑」を体験した方々ばかりだ。
100%ではないにせよ、体に染みついているはずの「そうさく畑」ならではのスタイルを、おおよそ再現していただけたと思う。
過去の「そうさく畑」と比べても、そんな違和感は感じなかったと思う。


追悼の意味合いを含む即売会なだけに、武田氏を偲ぶ展示も豊富だった。
入口には相当昔のチラシが、ポスターサイズに拡大されて掲示。

DSC_0623

また、ありし日の写真や過去の「畑」パンフレットなども展示…なんか写真の中に自分が写っててビックリしたのだがw
BGMも、ひと昔前の曲ばかりセレクトされていたが、これは武田氏が生前好んでいたカラオケレパートリーからのチョイスだったと聞く。

武田氏のサークルスペースも用意されていた。
生前の武田氏個人サークル「スタジオD-BOX」は、氏がサークルへの営業・挨拶回りに忙しかったこともあり、空き缶にお代を入れてもらう形の無人店舗としていたことが非常に多かった。(ご本人がサークルスペースに駐在していることは滅多にないw)
空き缶や、生前の刊行物も並べられ、武田氏のサークル「スタジオD-BOX」がされていた。


13時を過ぎると、武田氏を偲び、生前のエピソードを語るトークライブがスタート。
私も、生前の武田氏じゃないが(汗)、自分のサークルを無人店舗にしてトークライブに足を運ぶ。

司会は、赤ブーブー通信社(ケイ・コーポレーション)副社長の赤桐弦氏。武田氏の上司に当たる方で、武田氏の志を継ぎ今の「こみっく☆トレジャー」を切り盛りされている。
(なお、この日の赤ブーは、インテックス大阪にて各種オンリーイベントを開催している。赤桐氏がインテックスに行かず、この「そうさく畑」に足を運んでいるところに、「重み」のあるご決断を感じずにはいられない)

他のパネラーは、「畑FINAL」本多一朝共同代表。本多氏は、「コミックストリート」時代からの「戦友」と聞く。
紅一点・あすか氏は、みにこみ館時代に武田氏と同僚だったお方。
そして、中村公彦・コミティア代表。筆谷芳行・コミックマーケット準備会共同代表。このお二方に関しては、説明は不要だろう。
皆、武田氏との縁の深いお方だ。
(私も武田氏とのご縁は深いが、所詮10年程度のお付き合いに過ぎない。皆さん、年季が違い過ぎるw)

トークライブは、「武田さんが飲めと呟いている」などと意味不明の供述を抜かしながら、パネラー全員がお酒飲りながら語る展開
司会・赤桐氏が何度も日本酒を請求し、中村コミティア代表が赤桐氏にお酒を注ぐ一幕もw
昔、コミティアとそうさく畑・赤ブーが対立しいていただとか、面倒くさい昔話が山ほど出てくる展開w

「酒の席」ということもあり、ヤバげな話も色々出てくるので詳細を書くのは控えたいが(汗)、一つだけ、「畑」が何故今回で「FINAL」としたのかは、ここで触れたい。

「そうさく畑」は、出費の嵩むイベントだ。
見本誌の「図書館コーナー」で10万、煎餅制作で10万、「畑」の企画・イラストコンテストで5万。各種企画でそれぞれ費用が掛かるため、収支構造は慢性的な赤字体質だったようだ。これが、「武田氏は借金まみれ」という話の遠因なのだろう。
ただ、これらの企画がなければ、「そうさく畑」らしくない、とも言う。
実際、赤ブーブー通信社で、これらの企画を抜いた「畑」を開催したものの、苦情だらけだったとのこと。
突き詰めて言えば、赤字で「畑」らしさを取るか、収支を優先させ「畑」らしさを捨てるか、の選択になるだろう。

そして何より、「そうさく畑」が武田氏ご自身の、個人的属性に因るイベントということも大きい。
そもそも同人誌即売会というもの、主催が醸し出す「カラー」が自然で出てくるものであり、これは他の主催が真似しようとしても難しい。「言葉で説明できないなにか」という言葉も出たぐらいだ。
そもそも、あの武田氏「ならでは」の個性を、誰が真似できようか?w
「武田さんの書評が無いと”畑”ではない」とのコメントも、上がっていた。

武田氏の遺志を継ぎ「畑」を継続開催することも、その気になれば、決してできない話ではなかったはずだ。
だが、それをせず今回で「FINAL」とした理由は、このあたりにあるのだろうと思う。

その後も、トークライブはグダグダと伸びに延び、閉会の15時に差し掛かってもまだ終わる気配がないw
流石に自分も、今の調子だとサークル撤収も間に合わないと思い、15時直前に中座し、自分のスペースに戻る。そして、片付けに入る。
片付けが終わっても、まだトークライブは続いているw
…おい、もう15時過ぎたよお前らw そろそろ自重しろw

トークライブのパネラーに、今回「FINAL」の共同代表をいらっしゃるので、このトークライブが終わらないと閉会の挨拶に移れないという罠…
ようやく15時10分にトークライブも終わり、そして閉会の挨拶に…
最後がグダグダながら、「そうさく畑」はその長い歴史に終わりを告げた。
…まあ、このグダグダなとこも含めて、「武田氏らしい」展開だろうw


武田氏と酒を交わすと、だいたい今回のトークライブみたいな感じで、延々グダグダお店が閉まるまで何時間もくだらねえこと語ってる。そんな展開なのだから…
もう今生では、武田氏とこういうくだらない時間の浪費を愉しむことができない。それが残念でならない。

まああの人は、関西戻ってから2回ぐらい新世界で飲もうよとアポ取ったんだが、2回連続で当日ドタキャンしやがって。そしてそのまま逝ってしまわれた訳で…
この借りは、いつになるか分からんが、あの世で返させていただくことにしましょうか。武田さん、とりあえず今のうちにあの世の美味い酒・美味い飲み屋開発しといてくださいね。


【2016/11/15 追記】
閉会が伸びた顛末についてご指摘をいただきました。
赤桐さん何やってるねんw