同人誌即売会主催企業「スタジオYOU」は、今でこそだいぶ撤退傾向が続いてはいるが、全国にネットワークを有する点が特徴的だ。
現存する即売会だけを見ても、北は北海道から南は沖縄まで、全国各地で同人誌即売会を展開している。

筆者は、来たる冬コミにて、1990年代における同人誌即売会開催の歴史を研究しての成果物「同人誌即売会開催史(1990年代)」の刊行を予定している。
発刊に先立ち、1990年代における「スタジオYOU」の活動状況も、当然調べている。

1989年に「コミックライブ」を立ち上げ同人誌即売会の世界に参入した「スタジオYOU」は、1990〜1992年にPCゲームオンリー「パソケット」を全国的に展開。そこで培った全国を網羅するネットワークを活かし、1994年以降、同人誌即売会「おでかけライブ」の全国展開を本格化させた。

この全国展開に関して、こういう話が囁かれている。

「スタジオYOUは、各地で個人主催を潰していった/駆逐していった」

イオンモール等大規模ショッピングモールの全国展開で、当地における旧来からの商店街が廃れていった様になぞらえて語る方もいる。
だが待ってほしい。その定説は、果たして本当なのか?

筆者は、「同人誌即売会開催史(1990年代)」の執筆にあたり、1990年代同人誌即売会の動向を、47都道府県単位で整理・研究した。
その研究過程を経れば経るほど、定説とされてきた「スタジオYOUによる個人主催潰し」はどこまで本当なのか?という疑問が膨れ上がってきたのだ。以下、筆者なりに当時の事情を精査・考察し、筆者が抱いた疑問について詳述したい。


◆◆目次◆◆
1.同人誌即売会の「ライフサイクル」〜同人誌即売会の寿命を考える〜
2.1990年代の同人誌即売会は「国盗り物語」
3.個人主催の即売会減少「真の理由」とは
  • 1.同人誌即売会の「ライフサイクル」〜同人誌即売会の寿命を考える〜


同人誌即売会の黎明期・1970年代から現在に至るまで、即売会の歴史は40数年にわたる。その間、数多くの同人誌即売会が登場しては消えていく。その繰り返しだ。
裏を返せば、長く続いた同人誌即売会は、ほんの一握り。極めて少ない。

筆者がため込んだ即売会開催データベース3200件を見ても、大半の同人誌即売会は1回限り。
好評を博し2回・3回…と開催を重ねるものも時折見かけるが、数回開催して終了というパターンが多い。
有力な即売会であっても、寿命は5年持てば良い方、10年以上続く即売会は、極めて僅かだ。

これは即売会黎明期の1970年でも言える。1980年代にも言える。
1970年代から存続している即売会は「コミックマーケット」ぐらいだし、1980年代発足で生き残っている即売会は、本当に数えるほどしかない。
よほどごく一部の訓練された同人誌即売会でもない限り、寿命は長くて数年レベルと考えるべきだろう。

多くの個人主催は、会社勤め等本業を抱えつつ、その合間のプライベート・タイムを充てて「主催活動」を行っている。主催にかかる、時間的負担や物理的負担も大きい。特に女性主催は、結婚・出産・育児等のライフイベントが発生すると、即売会どころではなくなる。
サークルや一般参加者が集まらなければ、即売会は赤字必至。赤字を埋めるには主催個人の資力に頼るしかなく、主催としては金銭面のリスクもある。
仮に1回やって好評で、2回・3回続けても、最初は良くてもそのうち主催の気力が尽きて「打ち止め」となるパターンも多く見ている。
どう考えても、長くは続きにくい環境だ。筆者は、こうも考えてしまう。


−個人主催の即売会、寿命が元々短いのだから、これはスタジオYOUの登場云々関係なく、自然に消滅してしまうものではないのだろうか?と。


とは言え現実を見ると、少なくない地域で、1990年代前半に個人主催即売会が多数存在していたものの、1990年代後半にそれが「スタジオYOU」に置き換わっている、という現象がみられる。

実際、その置き換わりの課程で、スタジオYOUの存在が既存の即売会を脅かした、という地域も当然あるだろう。
だが同時に、既存即売会のライフサイクル終焉期に、スタジオYOUが進出。上手く既存即売会の後釜に滑り込んだ、というケースも有り得るのではないか。

この辺りは、地域により事情が異なるので、一概に断定はできない。
だからこそ、そういう地域事情の差異をまるっと無視し、「スタジオYOUが個人主催を潰して駆逐」と従来定説で断ずるのは言い過ぎのきらいがある。

筆者は冬コミにて、47都道府県単位での1990年代における即売会事情を、整理し解説した。
この調査研究をより深く進めることにより、地域事情による差異を、よりクリアに語れるようにしたいとも思う。


  • 2.1990年代の同人誌即売会は「国盗り物語」


これは47都道府県単位で即売会事情を整理したからこそ見えてきたことだが、スタジオYOUが全国展開を推し進めた1990年代は、様々なイベンターが「おらが町」に押し寄せてきた時代でもある。

例えば山口県を見ると、1990年代前半には、周南市を地盤とした「周南ニューコミックフェスティバル(SNCF)」や、山口県内各地で即売会を開催する「コミックバースト」の存在を確認している。
これに対し、元々愛知県一宮市を本拠地とする同人誌即売会「COMIC STUDIO 31」が、1992年以降、広島・名古屋・岐阜・富山・松江・松山等の各都市に展開、下関市にも進出した。
スタジオYOUも、「おでかけライブ」を下関市に進出させた。
そして九州からは、福岡地盤の「コミックネットワーク」が侵攻、下関市と山口市に進出した。
他勢力から攻め込まれっぱなしの山口県だが、その一方で山口地場の即売会「コミックバースト」も広島に進出している。

その広島県にしても、1990年代前半は「COMIC POWER」「PRIVATE LABEL」等の地場即売会に加え、「広島コミケ」(スタジオYOU)と「COMIC STUDIO 31」が登場している程度で、比較的落ち着いていた。
1990年代後半になると混乱を極めた。企業系では、「コミックテクノ」(後に「コミックワールド」)や、「コミックシティ」(赤ブーブー通信社主催の方)が進出。先述山口地盤の即売会「コミックバースト」や、九州地盤の「コミックネットワーク」も襲来した。大激戦区となった結果、各即売会は消耗戦を強いられたのだろうか。最終的には「広島コミケ」のみが生き残った。

イベント単位で見ても、「コミックシティ」やスタジオYOU、「コミックワールド」といった有名どころ以外でも、各地に展開した即売会は多数挙げられる。
「COMIC STUDIO 31」は山口で述べた通りだし、1992年には「コミックステーション」なる謎の即売会が、神戸・博多・札幌・晴海で同時に並行展開。「サークルフェスタ」も、岐阜市や愛知県一宮市を地盤としているはずが、小倉・熊本に侵攻。
…この時代、こんなんばっかだw


前節で述べた通り、個人主催の即売会は、寿命が短い。寿命が尽きたらその跡目を狙い、新たな即売会を別の個人主催が立ち上げる、というのは良くある話だろう。
しかし、多くの即売会が同じ地域に進出し乱立・乱戦となったことで、新しい即売会を立ち上げるモチベーションが損なわれた。
結果、既存の個人主催即売会が寿命を迎えると共に、個人主催もその土地から消えていった。

個人主催の減少は、「即売会の乱立により、新たな即売会・個人主催を生み出す土壌を失わせたから」である。
もちろんスタジオYOUも、その原因の一端を担ってはいようが、時代の流れがそうさせた部分もある。スタジオYOU「だけ」を責めるのも、筋が通らないし、見方が一面的に過ぎると思う。


  • 3.個人主催即売会の減少「真の理由」とは


1990年代前半は個人主催の同人誌即売会が多かったが、1990年代後半には減少した。それは事実だろう。だが、それを「スタジオYOU」の全国展開「だけ」のせいにする風潮には、相当の疑問がある。

個人主催の同人誌即売会、決して寿命は長くない。
とは言え、一つ有力な同人誌即売会が消えれば、その跡目を狙い、新しい同人誌即売会を立ち上げるモチベーションが生まれる。
だが、1990年代は「スタジオYOU」のみならず、個人主催・企業主催を問わず、同人誌即売会が全国どこの地域にも進出・乱立していった時代でもある。そういう時代背景の中で、跡目を狙おうとするモチベーションは生まれにくい。

「即売会の寿命」という個人主催について回る宿命と、1990年代・即売会乱立という時代背景との合わせ技こそが、個人主催減少の理由と考える。
スタジオYOUはその原因の一要素ではあるものの、スタジオYOU「だけ」に原因を求めるのは違っていると思う。