艦隊これくしょん(艦これ)のオンリーイベントは、海軍ゆかりの地を「聖地」と見なして開催されることが多い。
それはすなわち、これまで同人誌即売会というものが開催されることの無かった地域で、同人誌即売会という存在が進出することに他ならない。
実際これまでも、青森県むつ市(大湊)や広島県江田島市・高知県宿毛市など、これまで同人誌即売会が存在しなかった地域で、艦これオンリーが開催されるようになった。

…しかし、いくら聖地開催だからといって、熊本県湯前町で艦これオンリー開催とは、どういうことなのか?
湯前は、熊本とはいえ所謂「球磨地域」。周囲を山に囲まれた、人口約4000人の小さな町だ。山間部ということもあり、旧日本海軍がモチーフの「艦これ」とは、親和性が見出しにくい。

実はこの球磨地域、「アニメ聖地町おこし」の研究を続けている立場としても、注目の存在だ。
もともと球磨地域内の人吉市は、アニメ『夏目友人帳』舞台として知られていたし、最近ではPCゲーム『まいてつ』の、聖地における動きが活発だ。
また、湯前町では、「まんがの町」としての取組を長年続けている。

これらの球磨地域内における動きを注視し続けていた自分としては、この催事を機に、この地域の取組をまとめて公開しようと決意。サークルとしての参加を申し込んだ。


◆◆目次◆◆

1.艦内神社とは
2.軽巡洋艦「球磨」の艦内神社として
3.湯前への道は遠かった…
4.お座席に机椅子を持ち込んだ同人誌即売会
5.まとめ
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【本部席を護る、「まいてつ」ハチロクぬいぐるみ】

  1. 艦内神社とは


「艦内神社」は、旧日本海軍・艦艇内に設けられた「ミニ神社」的なもの。家に置かれる「神棚」的なものとして考えると、イメージしやすいだろう。
その実情は艦によりまちまちだ。大型艦の中には、艦内に鳥居らしきものまで用意される本格派もあるし、小型艦だと、神棚程度の簡素なもので済ませていることもある。
陸上の神社から分祀して貰う「艦内神社」が殆どだが、きっちり分祀の手続きを済ませたものもあれば、実情は船員が参拝したお札を持ってきて祀ったという程度のものもある。

艦内神社の研究は、コンテンツツーリズム同様に、まだ端に付いたばかりの学問だ。専門の研究者は、百田尚樹氏の著書『日本国紀』における「実質的監修者」とされる史学者・久野潤氏などごく少数だ。
艦これ登場後、艦内神社に興味を持つファンも増えたので(例:同人サークル「UPFG艦艇研究会」)、こういう市井のファンの力も借りることで、さらなる研究の深耕に期待したい。

艦これ界隈においては、艦内神社の存在が浸透すると共に、艦内神社の勧請元となった神社を、艦これ「聖地」と見なす動きも出てきた。
例えば、軽巡洋艦「那珂」の艦内神社は、茨城県大洗町「大洗磯前神社」を勧請元としている。同神社は、境内に『ガールズ&パンツァー』巨大絵馬が掲げられている土地柄ながら、奉納されし絵馬の中には、艦これ・那珂ちゃんのイラスト絵馬も交じっている。



  1. 軽巡洋艦「球磨」の艦内神社として


球磨地域の中心都市・人吉市から「くま川鉄道」で約40分進むと、終点・湯前駅に到着する。そこからさらに車やバスで山奥に進んだ先の水上村に、市房山が鎮座する。
市房山を「御神体」とした神社が、市房山神宮だ。
本宮・一の宮神社が水上村に設けられているが、これとは別に、湯前町にも「遙拝所」が設けられてきた。これが1929年に「里宮神社」として再建。この「里宮神社」が、今回の同人誌即売会会場でもある。

2015年6月、艦これユーザーでもある市井の研究者が、広島県立図書館を訪問。大正14年(1925年)の「呉新聞」記事を探し当て、軽巡洋艦「球磨」の艦内神社勧請元が、水上村の「市房山神宮」であることを突き止めた。
その後、この事実を知った市房山神宮の中の「里宮神社」側が、「球磨」の足跡を知ってもらおうと、2016年1月に里宮神社にて、戦没者慰霊祭を実施。解説板や戦没者慰霊塔も設置された。
これを受け、市井の郷土史研究家が戦史に関する史料を、里宮神社に奉納。これをベースとして、里宮神社内に「軽巡洋艦球磨記念館」が開設。
こうして里宮神社は、軽巡洋艦「球磨」ゆかりの地、そして艦これ「聖地」として認知されるに至ったのである。


(注)軽巡洋艦「球磨」の記事が呉新聞に掲載されたのは1925年。里宮神社の建立が1929年なので、里宮神社は、直接的に「球磨」と関わった神社ではない点には注意したい。
また、根拠となる史料も、呉新聞以外には発見されておらず、史学的に確定史実とするにはもう少し史料の補強が必要ではないか?とは史学者の端くれとして指摘したいところである。



  1. 湯前への道は遠かった…


前日、東京都内で「聖地巡礼”本”即売会」にサークル参加。即売会終了間際に撤収し、即羽田空港へ。熊本空港に飛ぶという選択もあるが、飛行機の便の都合で、福岡空港に飛ぶ。
福岡からは新幹線で熊本へ。熊本駅前に前泊する。

翌朝は、朝6時前に熊本を出立。八代で肥薩線に乗り換えて1時間半。朝8時過ぎには人吉に到着した。
そこからさらに「くま川鉄道」に乗り換えて40分。目的地・湯前への到着は朝9時。
乗り換えが多くて面倒だったものの、開場前には湯前に辿り着ける。何とかなるものなのね。
まあ、鹿屋や宿毛のへ遠征に比べれば、まだ楽な方じゃね?w

(ちなみに湯前は、鹿児島空港からのアクセスも便利だ。鹿児島空港からなら車で約1時間なので、熊本空港よりも近い。私も帰りは、人吉から路線バスで人吉インターへ、そこから鹿児島空港直結の高速バスを利用した)

湯前から里宮神社へは、レンタサイクルを利用。所要約10分。
しかし、里宮神社に向かうラスト、坂が急すぎてしんどい…電動自転車じゃなければ、間違いなく死んでたところだったw
(まあ、山梨市のフルーツランドまで自転車を登って漕いだのに比べれば…まだ…)


  1. お座席に机椅子を持ち込んだ同人誌即売会


この球磨型オンリー『球磨!出撃するクマ!』は、艦これサークルが一念発起して立ち上げ。即売会の運営には、主催氏の旧知たる「合同祭実行委員会」(『大九州合同祭』『西海の暁』等を運営)が協力している。
サークルのオンライン申込も、「大九州」のプラットフォームとなるシステム「PEXACES」を用いている。

里宮神社境内では、「大九州」でおなじみの「書道教室」が実施された。
ここも、合同祭実行委員会と協力し運営に臨んでいるがゆえの賜物か。
また、境内全域がコスプレフリーとなっており、社をバックに撮影に興じるコスプレイヤーの姿も垣間見えた。

境内では、湯前町婦人部による、この地域の名産「市房漬」の即売も実施されていた。
同人誌即売会会場でその地の特産品を販売するというのも、今となっては決して珍しくないが、【漬物】が販売されるというのも、初めての事例かもしれない。

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できれば、飲料の販売とかがあると良いかもしれない。
この日は30度近くの暑さ、しかし喉が渇いても、飲料を売っている商店には、境内から急坂を降りて自転車で約10分。飲料の調達には、ハードルが高い。
飲料の即売があれば、バカ売れ必至だったと思う。

会場は、「軽巡洋艦球磨記念館」内での開催。
土足厳禁なので、靴入れを受け取り入場する。

元々武道(柔道?剣道?)の修練場だったこの建物、板敷きの部分が改装され、展示物が掲示され「球磨記念館」となっているようだ。
手づくり感ある展示だが、展示責任者の愛着や情念に満ちた「勢い」のある展示物群。一見の価値がある記念館だ。

そして板敷き・展示スペースの奥には、畳敷きのスペースが。
ここに椅子・机を搬入し、即売会スペースとして運用する。そういう豪快な展開だw





サークル数は合計14サークル。決して数は多くないが、湯前での開催という時点でハードルは上がる。それに、あの畳敷きのスペースで20サークル入れたら詰め込み過ぎだろうw
多すぎも少なすぎもせず、丁度よい規模に収まったと思う。

参加者の初動は、約15人と聞いている。
通しでの参加者は、100人いるかいないかのレベルだろう。
やはりここも、湯前という立地面でのハードルの高さを感じさせる。

外は30度を超える暑さだが、「球磨記念館」は緑に囲まれ少し涼しげ。窓も全開で、風通しも良く過ごしやすい。酷暑の中ながらも、涼しく過ごせた点は良かった…その分虫も時々入り込んできたがw

一般来場者こそ少ないかもしれないが、地元民の方々が熱心に購入いただけたので、来場者数の割には、売れ行きも上々。
ただ、明らかに神職な方とか、某市某町の地域おこし協力隊の方とか、某市の町おこし団体の方とかも購入され…うーん、何かのお役に立ってくれればええなあ…あとでクレーム貰わなきゃええなあ(滝汗)

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  1. まとめ


参加者があんまり多くない、と申し上げたもの、実は地域内ではこの催事、意外に注目の的だったと聞いている。
町の婦人部が参入してきたことも、注目の表れと言えるだろう。

確かに、全国各地から、(「艦これおじさん」という扱いとはいえ比較的)若い奴らが集う、なんてことは過去めったに無かったと思う。
軽巡洋艦「球磨」を通じた町への誘客は、艦これファンに、湯前という町を知ってもらう、良ききっかけとなり得る。
即売会の開催を機に、我々も湯前をより深く知り、その魅力を知ることができた。

湯前では「まんがの町」として「湯前まんがフェスタ」という恒例行事も存在するが、これとは全く別の文脈での、町への誘客である点にも注目したい。
これまでの行政主導「トップダウン」的町おこしとは別の文脈、ファンや地域民らが自ら主導することによる「ボトムアップ」的な町おこしとして位置付けられよう。
即売会もファン主導のものであり、7月に行われるファンの集いも同様だ。
艦これを入口とした、ファン主導のムーブメントが、湯前の地域振興に一石を閉じるであろうことを期待したい。

里宮神社と軽巡洋艦「球磨」の関り方については新たな史料が出ておらず、確定的に史実としづらい側面こそ確かにあるが、それでも、人吉市・錦町と近隣地域を巻き込み、「戦跡めぐり」として球磨地域を挙げての観光振興の動きにも繋がっている。
いわば「ヒストリーツーリズム」とも言うべき「地域おこし」の取組であり、今後の発展が期待される。

即売会としても、もし今後この地域で行われるなら、また足を運びたい。
その時には、今回行きそびれた戦跡巡りも含め、球磨地域の観光を、より深く楽しみたいものである。


【追記】
湯前/市房山神宮と、軽巡洋艦「球磨」との関わりについて、史実認定するには「証拠がもう少し欲しい」と慎重な立場を取っていた自分だが、傍証となる解説・証言をいただけた。
この当たりをもう少し掘り下げていければ、史実として確固たるものになると思う。
(以下、球磨りん提督様のツイートを引用。当該ツイにぶら下がる形で、球磨地域と「球磨」の関わり方が語られている)