2021年6月25日、日本経済新聞に、以下の記事が掲載された。

アニメ聖地巡礼、経済潤す 岐阜県の波及効果253億円: 日本経済新聞


アニメ舞台の幅の広がり、ラブライブ・沼津の取組、「鬼滅の刃」ファンから聖地認定された芦ノ牧温泉「大川荘」の話などが取り上げられている。
ここら辺については、そんな異論はない。

ただ、見出しにもある「岐阜県の波及効果253億円」。
ここだけは、どうしても異議を唱えねばならない。


この数字は、2016年に岐阜県の「十六総研」が発表したレポートを基としている。
しかし筆者は、発表当時より、試算の方法に疑義がある旨、申し上げていた。

試算の問題点については、拙著「コンテンツツーリズム取組事例集5」でも既に触れている。
しかし現在、日経記事で顕在化したことを鑑み、本稿で改めてその問題点を指摘しておきたい。

【目次】
◆十六総研レポート:飛騨市への聖地巡礼者を約75万人と試算
◆飛騨市による聖地巡礼目的来訪者数観測:年9.4万人
◆十六総研と飛騨市、どちらの数字を信じるか
◆間違った前提条件に基づく経済効果は、当然間違い
  • ◆十六総研レポート:飛騨市への聖地巡礼者を約75万人と試算


今回の日経記事は、2016年に十六総研が発表した、以下レポートが元ネタとなっている。

「岐阜県ゆかりのアニメ映画3作品の聖地巡礼による経済波及効果 〜 総合効果は253億円 〜」


前提となる数字に誤りがあれば、試算された経済効果の数字も、誤ったものとなる。
十六総計のレポートにおいては、いろいろと突っ込みどころはあるが、一番怪しい数字が「岐阜県内を訪れた聖地巡礼者の数字」だろう。

十六総研の算出方法を見ると、まず観客動員数を割り出すところから始めている。ここに異論はない。
岐阜県飛騨市舞台の「君の名は。」における観客動員数1500万人も、当時の数字ということで異論はない。

さらに、平均観賞回数で割って実人数を算出。
その上で、「聖地巡礼」に行きそうな世代は、20〜69歳の生産年齢人口に限られるだろうから、と調整値0.6を掛けるやり方も、そんな問題は無い。
これで「生産年齢人口の作品鑑賞者」の数を算出している。
「君の名は。」だと、約900万人ぐらいだろう。

問題は、その先だ。
アンケート調査で、「聖地巡礼に行った」もしくは「これから聖地巡礼に行く」人数の比率を算出し、この約900万人にかけた数字ー約75万人ーを、【岐阜県内を聖地巡礼で訪れた人の数】にしているのだ。

すみません、「君の名は。」って、岐阜だけじゃなくて全国各地に聖地が広がってますよね…
都内だと新宿区近辺も聖地になってますよね…
他にも、諏訪や秋田なども聖地でしたよね…

つまりこの試算は、聖地巡礼で新宿区や秋田県に行った人も、岐阜県内への聖地巡礼にカウントしている。
そういう重大な計算ミスに基づき、岐阜県への聖地巡礼者を「君の名は。」だけで75万、他作品も含めると約100万人に算出してしまった、という事実は踏まえておきたい。

*「君の名は。」を例に挙げたが、同じく東京都内も舞台に起用されている「ルドルフトイッパイアッテナ」でも、同じことが言えると思う。


  • ◆飛騨市による聖地巡礼目的来訪者数観測:年9.4万人


一方、「君の名は。」の聖地として注目を浴びた「飛騨市」でも、聖地巡礼目的による来場者数を、独自に観測していた。

奇しくも、これも日経新聞の記事だが、以下ご紹介したい。

「君の名は。」聖地巡礼に過去最高1万4500人 8月 岐阜・飛騨(2017年9月20日)

飛騨市は作品中に似た建物が登場する市図書館への来場者数をもとに、「君の名は。」ファンの聖地巡礼者数を推計している。
(中略)
飛騨市の人口は今月1日時点で2万4829人。映画公開後の1年間で3.8倍となる累計9万4千人が訪れた。


これは、「君の名は。」の舞台の一つ・飛騨市図書館への来場者数を基に観測した数字。
必ずしも聖地巡礼者の全てが図書館を訪れるわけでもないから、実数よりもやや少なめかもしれないが、こっちの方が、より実数に近い数字と言えるだろう。


  • ◆十六総研と飛騨市、どちらの数字を信じるか


十六総研推計では年間約75万、飛騨市の観測では年間9.4万。
両者の「聖地巡礼目的での来訪者数」には、大きな開きがある。
どちらを信じるかという話だが、これは当然飛騨市側だろう。

十六総研の試算は、仮定に仮定を重ねた机上の試算である。
仮定を重ねる中で、何らかの「バグ」が発生すれば、試算の数字は、砂上の楼閣のごとく崩壊する。

「聖地巡礼に行きたい人の比率」を映画鑑賞者数で掛け合わせて聖地巡礼者数を算出するという安易さは、岐阜県以外の「聖地」に訪れた人も、岐阜県内への聖地巡礼者にカウントすることになる。
この杜撰な計算に基づく来場者数を、真実と認めることはできない。


また、飛騨市では平成24年以降、年間観光客数を統計データとして公表している。

飛騨市観光統計公表資料(平成24年〜)

飛騨市における2013年以降の年間観光客数は、約100万人前後で推移している。
…75万人も増えたら大騒動だ。
十六総研の「75万人」は、飛騨市統計との不整合性も甚だしい。


一方、飛騨市は、「図書館への来場者数」という実測に基づく数字だ。
こちらの年間9.4万人の方が、統計調査とも整合性の取れる数字であり、信頼に値するだろう。


  • ◆間違った前提条件に基づく経済効果は、当然間違い


以上、「十六総研」が算出した経済効果は、その前提となる「聖地巡礼目的での来訪者数・年間約75万」に重大な疑義がある。
前提条件がおかしい以上、そこから導き出される数字・経済効果253億円にも、疑義を向けねばならない。

なお、十六総研による「経済効果の算出方法」そのものに、大きな誤りは見られない。
その前提条件となる「聖地巡礼目的での来訪者数」の誤りこそが問題だ。


もし仮に、飛騨市が算出した「聖地巡礼目的での来訪者数」を用いて経済効果を算出したのならば、十六総研の算出した数字は、説得力あるものとして受け入れて良いと思う。

経済効果の数字は、決して鵜呑みにしてはいけない。
どういう条件・どういう方法で算出したのか。その「中身」を精査しないといけない。



日経新聞の記者が、十六総研のレポートを鵜呑みにしてしまったこと。
これは経済新聞の記者として、いささか詰めが甘かったのではないか。
そう感じざるを得ない、本日の日経記事であった。