当方は、2016年冬に、アニメ・マンガ町おこしの研究本「コンテンツツーリズム取組事例集3」を刊行した。この本は、長野県内の町おこし事例を、数多く収録している。
元々長野への即売会遠征は多かったが、この本を刊行したことが契機となり、2017年は長野県内の即売会遠征を積極的に推し進めた。
現存する県内の同人誌即売会には、ほぼ一通り参加できたと思う。

県内の同人誌即売会は、3つの類型に分けられる。

(1)地場のオールジャンル同人誌即売会
(2)東方オンリー
(3)伊那市開催「I,C,I」


(2)東方オンリーは、松本市開催の「東方信州祭」や、諏訪地域・岡谷市で時折開催される聖地開催型のオンリーが該当する。
「東方信州祭」は、東方音楽サークル大手の主催する音楽ライブイベント「東方楽祭」を併催させることで、サークル・一般参加者を安定して集めている。(参照:2017年09月03日付『6/25 長野県松本市開催・東方オンリー「東方信州祭」』
岡谷も、以前ほどの勢いはないかもしれないが、聖地開催効果もあり100sp以上の規模になることは間違いなく、手堅い印象だ。
東方オンリーに関しては、総じて運営が安定しており、本項では触れない。

(3)伊那市開催「I,C,I」は、(1)の中にカテゴライズしても良いのかもしれないが、独特のローコスト運営や展示品の充実・あんまんのお振舞等、他の即売会に比べ独自性が強い。(1)と同列に語るのには違和感があるので、別枠として分類した。
(参照:2013年11月21日付『11/10 長野県伊那市オールジャンル同人誌即売会「I,C,I」』

本項では、「(1)地場のオールジャンル同人誌即売会」について論じたい。
【県内即売会の現状】

「(1)地場のオールジャンル同人誌即売会」について簡単に概況を申し上げたい。
県北部では、長野市の「Quest light」が有力だろう。
県中央部は、松本市の「コミックファクトリー」が老舗の即売会として知名度が高いが、運営力が弱体化。10月の即売会開催告知も、8月末の「あむこみっ!」が初動になるなど後手後手の傾向。
その「あむこみっ!」は勢いのあるイベントながら今夏で開催休止となり残念。この他、「アリスのお茶会」という同人誌即売会も定期・継続開催を続けている。
県東部は、上田市や佐久市で開催される「LOVE BLOOM」が続いている。

これらの即売会には、2014年〜2017年にかけて一通りサークル参加。およその様子を垣間見ているのだが、どの即売会も、共通した傾向が出てきているように思える。
端的に言えば、即売会のパターン化。そして規模の縮小化である。
特に規模の縮小についてはどの即売会も悩みの種だろう。全盛期の半分以下に落ち込んだ即売会も見られるぐらいだ。



【パターン化する県内即売会の現状】

朝、サークル入場して即売会に行く。
来るサークルは、他の長野県内即売会でもお見掛けする方が多いので、自分もそういうサークルさんにご挨拶。
主催のアナウンスとともに開場。一般来場者少なめでのんびりのスタート。
サークルスペースに座っていると、県内他即売会の主催がチラシ持って宣伝にやってくる。
定例のイラストコンテストの開催。午後に入り県内の即売会主催によるイベントアピールの時間。そしてビンゴ大会
イベントにより多少の差異は見られるが、どの即売会に行ってもこんな感じである。そして殆ど全ての即売会が、毎回この光景の繰り返しである。

どの即売会も似たような形式に収まっており、安定していると言えば安定しているが、正直、変化に乏しい
これを何度も繰り返すと、サークルも一般参加者もだんだん飽きてくる
これも、次項で触れる「サークルの即売会離れ」を促す一要素になっていると考えられる。

各即売会が、もう少し個性を発揮。「キャラ立ち」しても良いのではないか。
伊那の「I,C,I」のように、小規模でも展示品の豊富さで特化しても良い。松本の東方オンリー「東方信州祭」のように、俳句コンテンスト始めるとか、(デメリットもあるが)音楽ライブやって人集めも狙うとか、という手もある。
県外の即売会に足を運び、刺激を受けても良いだろう。

松本市「あむこみっ」のように、主催が「やりたい放題」でも良いだろう。あそこは景品が豊富だったり、お菓子のすくい取りなんてわけわからんこと始めたり。そういう「やりたい放題」な個性も、あの即売会の魅力を高めている。



【即売会規模縮小の論理】

規模の縮小については、一般論で申し上げると、この2つの現象の合わせ技と考えられる。
一つは、サークルの即売会離れ。もう一つは、新規参加者の不足

サークルの即売会離れについては、一般参加者の少なさという事象とは、余り関連性がない。
たとえ一般参加者が数多く来るイベントであっても、サークルの売れ行きには個体差が出る。どうしても売れないサークルは出てくる。そういうサークルが撤退するのは、コミックマーケットから小規模イベントに至るまで、殆ど全ての即売会で起こり得る事象だからだ。
主催がサークルと人間関係をきっちり構築する等で、ある程度のリピーター化を図り、即売会から離反するサークルを「減らす」ことはできるが(これは「コミックファクトリー」の前の主催が上手かった)、サークルの即売会離れを根絶させることまでは不可能だろう。

かつてサークル「久幸繙文」久樹輝幸氏は、著書「東方コミュニティ白書」の中において東方オンリー「博麗神社例大祭」のサークル参加動向について、統計を取り分析。その研究成果をまとめていた。
詳細は「東方コミュニティ白書」をご覧いただきたいが、久樹氏の調査によると、「例大祭」がサークル数4000前後を推移し横ばいの時でも、サークル参加継続率は6割程度にとどまる。裏を返せば、新規参入組は4割に達する。
サークル数急増時代を越えひと段落ついた時でも、新規参入の比率は結構高い。意外な結果に私も驚いたが、これが現実だ。
昨今は「例大祭」も低落傾向が続くが、これは新規参入組が減った結果、とも考えられる。

もちろん地場のオールジャンル同人誌即売会に、東方と同じ法則がそのまま適用できるとは限らないが、多少は参考にしても良いと思う。

つまり、(前項で触れたように)単調で変化に乏しい各即売会が、自らの「キャラを立て」ることで、その即売会ならではの魅力を高める。
加えて、主催がサークルとのコミュニケ―ションを密に取る事で、リピーター化を促す
この2つの方向性を通じ、サークルの「即売会離れ」を最小限にとどめたい

そして、「新規参入の促進」を通じサークル数の維持、できれば増加を目指す
これが、規模の縮小に対応すべき方向性と言えよう。



【新規参入の促進 具体案】

新規参入の促進案を語るに先立ち、現状における県内即売会の告知方法をおさらいしたい。
各即売会ともwebサイトを通じた告知はおおよそ出来ている。Twitterも活用しているし、オンライン申込も備わっている。このあたりは特に問題無いと思う。

問題は、それ以外の告知の方法だろう。
チラシを刷り、県内の即売会でそれを撒く、という方法が一般的か。
サークルを直接訪問し、そこでチラシを配り宣伝。即売会内に設けられるイベントアピールでも、自分のイベントの宣伝をきっちり行っている。
各主催とも、その当たりの宣伝はコツコツやっている。それはこの目で見て確認している。

だが、これらの行為は、全て「活動中のサークル」を対象としていることに留意したい。サークルの「リピーター化」には役立つかもしれないが、新規開拓にはつながらない。
地場のオールジャンル同人誌即売会は、同人活動や同人誌を知らない人達がその存在を知る−同人世界の「ゲートウェイ」としての役割−言わば「苗床」的な性質がある。
そういう性質のある、地場のオールジャンル同人誌即売会において、「新規開拓」に力を入れるならば、同人の世界・即売会を知らない人間をターゲットにせねばならない。特に、学生など若い世代へのアプローチが必要だろう。彼らにその存在を知ってもらい、足を運んでもらうのだ。
始めて足を運んだ人の中から、サークルの煌びやかなディスプレイを見て、自分も「机の内側に入りたい」と思う人が出てくれば、しめたものだ。


秋田の同人誌即売会に「響灯小町祭」という同人誌即売会がある。
2015年にサークル参加、同人音楽イベント「東方楽祭」との併催効果で集客・興行面で成果を上げたものの、その有り得ないレベルの杜撰な運営を厳しく批判したことがある。(2015年07月30日付『7/26 秋田市オールジャンル同人誌即売会「響灯小町祭」(後編)』

2017夏にコンテンツツーリズム研究会が発刊した「コンテンツツーリズム論叢VOL.11」にその後の顛末が記載されているので、少し語りたい。
2016年開催は、主催も交代。また「東方楽祭」から独立したことで、それ目当てに参加していたサークル・一般参加者の大幅な減少が想定された。しかし、51サークル参加(内東北地方外からの参加が約半数)の前回に対し、39サークル参加(内東北地方外からの参加は22%)と踏みとどまった。

この原動力となった「響灯小町祭」新主催側の起こしたアクションは、地元密着の告知であった。
ポスターを120部用意。秋田都市圏に57店舗、由利本荘都市圏でも21店舗・大仙都市圏でも5店舗掲示するなどしてその存在をアピール。地域内でより掘り下げた告知を行なった。
これにより、秋田県内のサークル参加数は微増。山形・庄内地方など秋田ともつながりの深い隣県からの参加を含めれば明らかに増加、という結果を出している。


ポスターを地域のお店に貼るという戦略は、地場の即売会に関しては非常に重要だ。お店にチラシを撒くよりも、来店者の目に付きやすく、その視覚的効果は大きい。存在を知らしめるには最適だ。
少し古い話だが、人口6万の福井県敦賀市で開催された同人誌即売会では、ポスターを重点的に地域内に投下することで40spを集めている。(参照:2008年09月24日付『地方開催同人誌即売会の告知方法』

最近の事例では、長崎県五島列島・福江島(人口約3万)で開催された同人誌即売会「よかコミ!」が35spを集める大健闘を見せた。
島外からの参加も半分を占めているものの、残り半分が島内のサークルだ。島内でそれなりの数が集った原動力としては、やはりポスター展開により催事の存在を浸透させていった点が大きい。カラオケボックス・道の駅・スーパー・コンビニ・本屋・喫茶店と、若者の集まりそうなお店に、ポスターを展開していった。
(参照:2016年04月15日付『3/20 長崎県五島列島・五島市開催の同人誌即売会「よかコミ」』


さて、翻って長野の同人誌即売会はどうか。どの地域であれ、明らかに秋田や敦賀・五島列島よりも人口が多い。そういう意味で、恵まれている地域だとは思うのだが…
既存のオールジャンル同人誌即売会のほぼ「全て」に言えるが、果たしてそういう「地域内のご新規さん」にターゲットを広げる活動を、どこまでやっているのだろうか?
オンラインでの発表機会の増大(=それに伴う同人誌即売会の相対的な地位の低下)や少子化など、社会的な環境の変化に、即売会が低調たる理由を求めることは簡単だが、その前に、できることはまだまだ残されていると思う。

少なくとも、今の通り一遍な告知方法では、ご新規さんへのアプローチはできない。パイが徐々に萎む既存の同人界隈への、リピーター化へのアプローチでしかない。
今のままの取組で終わるならば、近い将来、限られた界隈の中での「蛸壺化」が進行するだけ。どの即売会も、そして長野県内の同人界も、緩慢な「死」に向かい続けるだけだと思う。


最後に。この問題は、長野県内の同人界隈「だけ」の問題ではない。
たまたま長野の即売会への参加が多いから、この地域を取り上げただけに過ぎない。
長野以外の都道府県でも、同じような問題が当てはまる地域は、私が指摘しないだけで数は多い。(いちいち各地域ごとに指摘してたらキリがない…)

果たして、あなたの地域の即売会、「ご新規さん」をちゃんとお迎えできてますか?